今となっては本当の「神話」になってしまった戦後からバブル期に かけての高度経済成長ですが、大まかに言って大企業と中小企業の 二重構造が支えていました。特に中小企業は大企業の景気に対する クッションの役割をなし、そのクッションのばねとなるのが低賃金 労働でした。1970年前後から大企業中心の経済システムに 移行し、主に大企業内では労使協調、下請け中小企業へは負担増加 によるコストダウンによって国際競争力をつけ、世界市場での確固 たる地位を築きました。このコストダウン方式が限界に来ると、 豊富な資金を流用し、労働力を求めてアジア諸国に製品供給工場を 建設してきました。これが1990年過ぎまでの状況です。技術開発 と低賃金労働が微妙な相乗効果で日本経済を保ち、また向上させて いたわけです。しかしながら海外への過剰投資とバブル経済の崩壊 は、このバランスを崩し、中国、インドを始めアジア諸国が自国の 安い労働力を背景にエレクトロニクスの分野にも進出してくるよう になりました。日本の技術力が必ずしも産業分野の大勢で圧倒的な 優位性を保つことができなくなったのです。明らかに新しい発想に よる技術開発、および広い意味での市場開拓が必要になってきまし た。つまり従来の産業構造では対処できないことが認知されてきた のです。そこでベンチャー企業に期待したいわけですが、それまで の国の政策自体が必ずしもベンチャー企業を生み出す土壌を育んで いませんでいた。大企業から負担を強いられる立場であった中小企業 を保護するという名目で数々の規制を強い、農業とおなじように国際 競争力を削ぎとってしまったのです。一般に弱者を保護する規制は、 横並びを生むことになり、突出した例を排除することになるのが常 です。保護を名目とした諸々の規制が、逆に中小企業のベンチャー 精神を奪うことになったわけです。現在、国および自治体はベンチ ャー企業の支援を積極的に進めています。しかしながら、ベンチャ ー企業の中核精神はチャレンジです。チャレンジにはリスクが伴い ますが、そのリスクを保証するために、国および自治体側が保護、 支援することは、いわゆる規制につながり矛盾が起ることになりか ねません。ベンチャー企業の支援は、その育成とチャンスの創生で なければならないのです。